建築のリテラシー

  Literacy ━ n. 読み書きの能力; 教養。 リテラシー

直訳では、識字能力から派生して教養という意味。つまり「読み」「書き」ということになります。

最近は「メディアリテラシー」や「アートリテラシー」などいろんなところで使われ、カタカナ語化してきているので、幅が広く使われているようです。

この項目では、「建築」についてのリテラシーを考えます。一般的に設計(演習・実習)では具体的な課題を扱いますが、その場合でも与えられた条件があります。その上で課題に取り組むわけですが、与えられた条件はもちろん敷地(立地)の要件を調べたり、ビルディングタイプ(建築型)や用途を研究したりするわけですが、このあたりの作業を「読む」とすれば、敷地や環境を読んだり(調べたり)するといいます。

それから、デザインや設計の作業へ進みます。つまり「書く。(書き出す)」訳です。
「読む」(input)⇔「書く」(output)になります。当然一方通行ではありませんから、書いては直し、なおしては書き、さらにはもう一度読み直しということを繰り返します。これらがスタディであり徐々に一つの解になるわけです。

これが「建築」のリテラシーです。
さらに「建築」では、言葉を物の形や形式に置き換えるということも行います。

 

日本語なら一般的にはたいていの人は「読める」し「書ける」はずですが、日記と違って小説のようなものはすぐには書けません。
建築の設計の場合も、一般的には環境は見ればわかるかもしれませんし、家族構成や要望などそれほど日常とかけ離れているわけではありません。しかし、いざ作る場合にはなかなか、何をどう作ったらいいかが分からない。
つまり「書けない。」ということが起こります。そこで演習や実習では、ことさら「書く」技術に集中しますし、製図という技術の話になります。しかし、小説家のそれを例にとってみましょう。「書く」技術のみを鍛えたとしてもいい小説がかけるでしょうか?多分無理ではないでしょうか。書くテクニックもさることながら、小説家の世の中を見る目、感じる力は一般人とはなにか違うはずです。
これは「読み」が違うということに他なりません。

同じようなことが美術や音楽の世界や他の分野にも当てはまると思ってください。

何かを物理的に作るのと、建築(という世界)をつくるのではこのように違ってきます。


もし、製図の技術者を目指しているなら別ですが、建築における「読み書き」つまりリテラシーを鍛えることが、いい建築をつくることに一番近い道のはずです。